なかよくけんか

漫画と漫画じゃない

爪切り

今日、ストッキングが一枚破れた。

バイトの退勤後のことだ。


いつも早く帰りたい一心でロッカーではバババと着替えて、いい加減にストッキングを引っ張るから、かなり高確率でやぶれる。


そんないいかげんに引っ張ったら破れることなんて何回もやってるからばっちり分かってるのに、他のスタッフがするする着替えてお先でーすとばかりにぞくぞくと帰っていく中で、自分ばっかりストッキングを履くことにちまちま手間をかけたくない。わたしだって豪速で帰りたい!だから何度も同じことを繰り返す。同じことを繰り返して、また穴をあけて、5秒くらいは後悔して、でもすぐにまあいっかと思い直して、穴をあけたストッキングで、早めの電車に乗るべくいそぐ。まあまた買い直せばいいべやと。こうゆうの、いつもってわけじゃあないし、と。










、、まあそれにしても、いくらなんでも破れすぎなんじゃないか、と思う。頻度が多い。



コンビニで買うやっすいストッキングならそんなにダメージもすくない。実際やぶいてしまうのはほとんどそれらだ。


でも、Tabioとか靴下屋で買った1000円以上するカラータイツを破いてしまったときにはさすがに反省する。あれは厚手だし、やぶくと穴が目立つし、というか再起不能だし、とにかくコンビニのならまだしも、Tabioのは惜しいのである。






わたしは今日すこしばかり残業をして、だから、いつも以上にさっさと帰りたみに駆られていた。バリはやで帰ろうと決めて自分のロッカーを開けた。


わたしは今日もストッキングを履かないといけない。失敗を繰り返さないためには慎重に履かないといけない。でも私は急いでたし、なんせ残業で1時間は押していたし、はよかえろう、ええい、うりゃうりゃとストッキングを引っ張った。










ツメがめり込む感触がしたのち、あっさり破けた。


苦い後悔をした。

だって今日のはコンビニのじゃない、Tabioのだったから。








家に帰って、ヒレカツと味噌汁とご飯をたいらげて、お風呂にはいって、日本がイラクに同点に追いつかれたのをテレビで確認したのち、私は爪切りをはじめた。




やっぱりストッキングが破れる敗因はなんといっても爪なのだ。当たり前なのだが。

めが短くてとがっていなければ破れるこたないのだし、よっしゃきろう、となったのである。


わたしはことさら丁寧に抜かりなく爪をきっていった。いつもよりゆるやかなウェーブをえがくように、、決して決してストッキングをやぶくことのないように、、、




ついでにヤスリでもかけるか、ヤスリってどうやってかけるんだろ、いつも切りっぱなしだからわかんない、何年ぶりだよヤスリ、と思いながら、ヤスリでゴシゴシと爪を丸めていた。














ん?



あれ、






ヤスリ、、














わたしはハッとした。

小学6年生のときに読んだあるBL小説を、このとき唐突に思い出したからだ。



それは年の差もののボーイズラブだった。

べつに凝った設定のものではなかった、俺様年上な攻めとクールな年下受けのカップリングだった。



思い出した場面はこうだ。

容姿に無頓着でいい加減な性格の受けの、伸びきった足のツメを見かねた攻めが、おいちょっとおまえ足だせやといった具合に、受けの足のツメをぱちぱち切り始めたのである。





ははあ、、世話焼きな攻めなんだなと真顔で読んでいたが、そのあとの展開に私は奇妙さを覚えた。




攻めはひととおり受けのツメを切り終わったあとに、ヤスリがけを始めたのだが、



受けはその、ヤスリ特有の、慣れないゾクゾクザワザワ感に驚愕し、普段はクールな設定の彼がとたんにヤメテと嫌がりだして、

それを見た攻めは舞い上がり、嬉々としてヤスリがけを続行したのである。




べつにチューもしてないし、ギューとかもない、それで話は終わりだ。〜完〜 である。


だけど、その光景がやけに、なぜか、ダダえろかったのだ、、






わたしは驚愕した。爪切りにロマンを見出し、いち早くそれを創作に取り入れ、それを「萌え」にまで昇華し、一部の同志たちを魅了するカリスマが確かに存在するのだと。





ごく身近な生活グッズである爪切りのヤスリ、これに目をつけ、いつもはつーんとしている受けの動揺を誘いだし、まるでツンデレキャラのレアなデレシーンを引き出すような仕方でもって、読者をきゃいきゃいと歓喜させる技法があるのだと。














マジ奥深すぎる… と愕然とした。

わたしはその奇妙な遭遇を、このとき唐突に思い出したのだ。




ストッキングがやぶれた、爪を切っていないのが原因だろう、よし丁寧に爪切りしよう、なんならヤスリかけよ、




この一連の作業をしているとき、わたしだったらあのカリスマのように、爪切りにロマンを見出せただろうか。いや見出せなかったはずだ。


ロマンという言葉をつかったが、むろん、BLについてのごく限定的な話をしているのではない。創作全般、芸術全般についての話だ。

一部のひとは、その卓越した想像力をもってして、日常の光るものを人知れず発見して、自らの創作活動にせっせと取り入れて、芸術の道を切り開いている。


わたしはまだまだ人間として未熟だとかんじた。

きっと日常の何気ないひとつひとつに、わたしが気づかないだけで、物語の生まれるところがいっぱいあるはずだ。

いくらでも周りに可能性は広がっている。すべてのものはもはや、単に無機質なものではありえない。


精進しよう。せめて手がとどく範囲は、くまなく世界を見よう。

発見を大切にするんだ。そうしてあのカリスマのように、さまざまに世界を捉え直そう。










というのを、日本がイラクに対してさらに得点をいれて、五輪出場を決定付けたシーンを横目に、かんがえていた。。

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