なかよくけんか

漫画と漫画じゃない

萩尾望都「感謝知らずの男」

慶應の日吉図書館には漫画が置いてある一角がある。



といってもおっきな本棚がふたつみっつほど。他の膨大な書籍からしたらごく一部だ。それでもその一角をはじめて見つけたときは感動した。



いまどきでハヤリの漫画、というキラキラしたかんじではない。

あるのは、手塚治虫藤子不二雄大友克洋浦沢直樹楳図かずお大島弓子竹宮惠子山岸凉子三原順とかたしかそんなかんじ。つまり大御所の名だたるラインナップ。





なんといってもわたしが「こんなにあるんか」とビビったのはずらっと並んだ萩尾望都の漫画だった。

一年生のとき、本棚にあるのを借りてせっせと読んでいたのだが、二年生になって三田キャンパスにうつってからはその楽しみがなくなった。



三田キャンのメディアには漫画が全く置いていないからだ。ざんねんすぎる。あーあと恋しく思いながら近所の本屋をふらふらしていて、そのとき目について買ったのが萩尾望都「感謝知らずの男」だった。短編集。

感謝知らずの男 (小学館文庫)

感謝知らずの男 (小学館文庫)


不眠症のバレエダンサーの話。





主人公のレヴィは、隣人とその彼女の親切、もとい過度のお節介に悩まされる。



神経質で無愛想、とにかくひとりになりたいレヴィに、2人は手作り料理をふるまうと押しかけたり部屋が殺風景だと文句をつけて勝手に家電を設置したり、ただでさえ不眠症だというのにとなりで毎日騒ぎ立てる。レヴィはその、彼らの自称「親切」に頭をかかえる。





挙げ句に「いやべつにお礼なんていいんだ、だって人に親切にするって気持ちいいだろ?」なんてケラケラと言ってのける隣人に、レヴィは思う。「感謝知らずの男になりたい」と。

親切 親切にしてもらった

ぼくは親切の獲物ではない

たぶん ぼくは 一人できりきり舞いして

人の顔色をうかがって疲れて 自分の足場をさぐるのに必死で
とてもとても親切に値しないんだ

ああぼくはもっともっとわがままになりたい 五つのダダッ子のように

世話され与えられ そして決して見返りは求められない

感謝知らずの男になりたい


他人に押しつけられる要らぬ「親切」に辟易し、感謝知らずの男になりまいと思うレヴィの姿に、なんとなく共感をするし、ハッとする。ありがた迷惑を払いのけ、強要される感謝から逃れたいと泥くさく思うレヴィはとても人間的だ。







そしてわたしがこの漫画で一番すきなセリフはこれ。
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レヴィは新しい女性バレエダンサーとペアを組んだことをきっかけにスランプに陥る。なにをやってもうまくいかず、あんなに完璧にできていた踊りが途端にできなくなる。



そして滅びゆく人類といまの自分を重ね合わすのだ。


サイテイだ 自己管理に失敗した

人類は滅びる ぼくは滅びる


進化しそこなった


自己嫌悪に陥るレヴィだが、本番では過去最高の演技をおさめることに成功する。なぜか、それはレヴィが、滅びゆく人類にこれまでの自分を重ね合わせると共に、進化をしようとするイグアナに、自分の未来を見出したからだ。

いやだ いやだ 負けて終わるのか?

進化しないまま 夢見るだけ?いつまでも

感謝知らずで、一匹オオカミと敬遠されたレヴィが一皮むけて、「これからは進化するイグアナをめざす」と、バレエダンサーとして更なるレベルアップを決心するのだ。





ところで、イグアナと聞くと、やはり萩尾望都で思い浮かべるのはこれ。ドラマ化もされた「イグアナの娘」。

イグアナの娘 (小学館文庫)

イグアナの娘 (小学館文庫)

そういえば、「バルバラ異界」だったか「マージナル」だったか記憶が定かじゃないけど、イグアナの比喩は他にも使われていた気がする。萩尾望都はイグアナがすきなのかな、、どうだろう。でもたしかに、イグアナ、言われてみれば、哲学してる顔ってかんじだ。





「感謝知らずの男」は、このエピソードの後の「狂おしい月星」もめちゃくちゃよい。カメラマンの親友との出会いと、そのすれ違いと、崩壊の話。

「死んでいく世界に美が生みだされる」と語る同じ18歳のカメラマンに、レヴィは共鳴する。2人はすぐに親友になる。彼はレヴィを撮り続ける、ひたすら撮る、レンズの向こうからばちばちとテレパシーを放ちながら。

そして彼はカメラの世界でめでたく成功をおさめる。けれど失ってしまうのだ、あの共鳴を。レンズの向こうの輝きを。出版社のパーティーと称した金持ちマダムのサロンで媚びへつらう、すっかり変わった親友をみて、レヴィは喪失感を覚える。


「知り合ってソンのない有名人ばかりだぜ」と語る彼にレヴィは言う。「きみの美にはいつからソントクが加算されたのか」と。


なにげない一コマなのだけど、そのさまが凄く悲しくて、胸が痛くなる。かつて死んでいく世界が美しいと真剣に語った口で、いまはソントクの話をする。その親友の変貌にレヴィは失望するのだ。もう2人は共鳴しない、ばちばちと弾けるテレパシーも、以降感じなくなるのだ。





今日あらためて読んでみて、やっぱりなんか、猛烈にいいなあと感じた。この空気感。かなしみと、それに振り切れないなけなしの望みとで行き交うかんじ。

Amazonで見たら、希少本扱いでビビった。ええ、もっといろんな人に読んでほしいなあ。ぜひ、、